シニアのロースクール日記(172006年3月

3月3日(金) 県立高校で講演

 4月に京都の出版社から出される「アメリカ新発見」という本の執筆者に名を連ねた。これは、今年関西学院大学で開講される総合コース「アメリカ」講座の教科書として用いられる。非常勤講師として6月に90分の講義をすることになった。執筆者の多くは、関西学院や県立高校の先生、商社など米国駐在経験のある元ビジネスマンなど13名である。私は、「アメリカ社会にみる公平と公正」というテーマで、自動車の町デトロイトで経験したことを記述した。その内容は(その4)に記述しているとおりである。1990年代を通じて、日本経済はバブル崩壊で長い不況にあえいできた一方で、アメリカ経済は持続的成長を遂げてきた。この違いは社会を貫く考え方にあるのではないかと考えた。
 私の勤務していた会社が1990年代終わり頃、Fordにサプライヤーとして選定された。その選定経過が、日本と比べて公平で公正であると実感した経験を綴ったものである。公平と公正の原則はビジネスの世界だけでなく、日常の人々の生活の隅々に浸透している。これは、長い公民権運動の歴史から築き上げられてきた。この公平、公正原則は自由競争が前提になるから社会に活力を与える。しかし、公平で公正な社会がバラ色というわけではない。反面、競争社会は富裕層と貧困層に二極分化をもたらす。すなわち、公平と公正から取り残される階層が出てくる。一方、日本では依然として談合体質が残り、競争を回避する傾向がある。また政府の手厚い保護もある。こうした違いが1990年代の経済の明暗を分けた。
 執筆者の一人である県立高校の先生から、国際教養コースの生徒80人を前に講演を依頼された。教科書は出来ていないが、ゲラ刷りが事前に生徒に配られた。講演に先立ち、たくさんの質問が寄せられた。課外授業的な科目であっても、熱心に読んでいてくれていることが分りうれしくなった。
 当日は、再試験と重なりどちらを取るか悩んでいたが、時間の調整がつき、試験終了後車を運転して高校へ駆けつけた。パワーポイントを使って約1時間講演した。
 事前によせられた質問と回答の主なものを紹介する。問題意識を持って勉強してることが分り、頼もしく思った。

1.黒人問題

黒人の居住地域が「8マイル道路」の南で集中しているのはなぜですか
→8マイル道路から南は町の中心部です。車がなくても自動車会社に通勤できます。車を持たない黒人が中心部に住むようになり、車のある白人は郊外に出て行きました。そのため、肌の色によって住む地域が分かれ固定化された。

● 黒人達が現在も受けている迫害・差別の具体例を教えてください
→昨年ハリケーン・カトリーヌがニューオリンズの町を襲ったとき、逃げ遅れて犠牲になった人は車のない黒人であったことは皆さん良く知っているでしょう。

● アメリカで公平と公正が重んじられてきたのに、なぜ今でも黒人に対する差別が残っているのですか?
→ 法律の面では差別はないといっていいでしょう。人々の考え方は法律を作ったからといって変わるものではありません。

●現在、黒人達に対する差別に対して、政府はどのような対策をたてていますか?
→企業には、その地域の人口に比例した人種の雇用が要求されています。また大学は、枠を設けて黒人を優先的に入学させることがあります。しかし、白人から逆差別であると訴えられます。難しい問題です。

2.アメリカの社会

● アメリカ社会では定年制がないようですが、若い労働者と高齢者の給料は同じですか?
→定年制がないといっても無制限に働けるということではないようです。給料の額が同じかはよくわかりません。年齢で差別すると問題になります。ただし、GMのような自動車会社が働く人を一時解雇するときは、勤続年数が短い人から解雇されます。

●アメリカでは夜間学校に通って学習する人が多いとありますが、具体的にはどのような学校ですか?
→私のいた会社の営業部長は技術系の大学出身でしたが、夜間学校で経営学を勉強していました。会社は学費を援助しました。

3. 日本の社会

●今までの日本の年功序列の雇用法と実力主義のこれからの雇用法とどちらの方が良いといますか?
→どちらがいいか単純に結論を出せる問題ではありません。今の日本の企業で、年齢の高い人は、将来給料が高くなることを期待して、入社当時低い給料で働いてきた現実があります。徐々に実力主義に変わるのではないかと思います。最近、退職金を支払わない代わりに、年俸を増やす企業も現れています。

● なぜ日本では系列関係が重視されるようになったのですか?
→系列関係といっても、企業間の信頼関係が基礎になっています。自動車会社を例に取ると、部品会社と長期の部品供給契約を締結します。部品会社はそれを信頼して、コストが安く品質のよい部品を供給することを心がけます。このような関係が出来ているところに、新規の会社が参入するのは極めて難しいという現実もあります。

● 日本は公平と公正とは言えないビジネス習慣が残っているのに、なぜ経済大国であるのかがよくわかりません。
→「公平と公正」と経済大国は直接結びつかないと思う。戦後日本経済が発展したのは、政府の産業政策、日本人の勤労意欲と勤勉性、品質のよい製品作りなどの要因があります。憲法によって、戦争のない平和な状態が維持されていること見逃してはいけません。

4. その他

●なぜ日本は今、国際面から見て評判の悪いアメリカからいろいろ学ぼうとするのですか?
→アメリカの評判が悪いのは、イラク戦争などをしているからではないでしょうか。経済の面でも常に公平公正原理が貫かれているわけではありません。エンロンという巨大企業が粉飾決算をしてつぶれましたが、迅速に再発防止手段がとられます。うやむやにしないで徹底的な対策をする力がある。

● 私たち若者は、これからの日本をどうしていけばいいのですか?何に気をつけていけばいいのですか?
→今の時代は、少子化が進行し、誰でも希望すれば大学に入れます。私たちの世代と比べると競争が少なくなっているのではないでしょうか。現状に満足しないで、向上できるよう基礎的な学力を身につけて欲しいと思います。

● 日本がこのままアメリカ社会のような構造や考え方の国になると思いますか?
→アメリカは世界中から人が集まって出来た国です。日本は、単一民族から成り立っています。アメリカ人のようにジーンズを履く人が増えました、外形は変わっても、考え方まで変わるのは時間がかかると思います。アメリカでは誰にでも分りやすい誤解のないルールが作られます。日本では、以心伝心とか、阿吽の呼吸とかいって、はっきりものを言わなくても気持ちが通じる部分がいまだ残っています。でも、このような態度は、これから世界の人々と付き合う上で好ましいことではありません。はっきり自分の考えを主張できる実力をつけてください。



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