シニアのロースクール日記(3)2005年1月
かたつむり、ゆっくり登ろう 不二の山 2005年1月15日(土) 第2回事前ガイダンスの日である。天気も良く暖かいので、徒歩で学校へ向かった。所要時間は45分で、電車とバスを乗り継いで行く時間とそれ程変わりない。45分も歩くと汗ばんでくる。雨でも降らない限り徒歩通学できる距離だ。徒歩での通学は、中学校以来ということになる。コレステロール、中性脂肪、尿酸値のいずれも高い生活習慣病を克服できる効果も期待できそうだ。 今回の主要テーマは(1)民事訴訟法、刑事訴訟法、商法の勉強の仕方の説明(2)新司法試験の関学の取り組み方、(3)ロイヤリングのビデオ放映(4)法学入門である。 勉強の仕方の部分では、第一回のガイダンスと同様に、事前学習のための参考書が示された。そもそも入学前ガイダンスは、純粋未修者が隠れ既修者に授業で遅れをとらないように、入学前に事前学習しておくことを期待して行われている。自分のように現在無職の者にとっては、示された本以外も読む時間は十分にある。しかし、現在仕事を持っている社会人には無理な要求のように思われる。ところがこの心配は必要なかった。刑事訴訟法、商法とも秋学期の授業なので、入学前の勉強はしなくて良いとのことだった。またこれらの科目は、純粋未修者に合わせて授業を進めるとの説明があり安心した。 良いアドバイスと思ったことがある。それは、民訴、刑訴ともに入学前に裁判の傍聴をするようにとのことであった。大阪地裁か神戸地裁に行き、判決までの流れを追うことにしよう。興味ある部分は、この日記で記録することにしたい。 興味があったのは、ロイヤリングのビデオだった。吉本の喜劇俳優の迫真迫る法律相談を受けた学生が、これに対して解決策を見つけるものである。頭の訓練、会話の訓練、問題解決能力の訓練になりそうだ。裁判の傍聴といい、ロイヤリングといい体で体験して習得させるという教育の考え方は実践的で興味がある。ただ、このビデオを見て気になることがあった。登場する一部の学生の服装である。Tシャツでジーンズ姿のライブドア社長型だ。アメリカでは、ビジネスの世界でも服装のカジュアル化が進んでいる。普通は金曜日だけをカジュアルデイにしているところが多い。ところが、中にはデトロイトの自動車会社のように月曜日から金曜日までカジュアルを許している。しかしそのような会社でも、Tシャツ、ジーンズ、スニーカーはBusiness Attireとしては不適当とされている。ましてや法律事務所には、一週間通してカジュアルデイはない。 法学入門を解説した先生は「三足の草鞋」をはいている。本職は弁護士で、他に予備校の講師もしている。配布資料も予備校風の「一発合格への道」という言葉が使われている。前回のガイダンスと今日の(1)のガイダンスでも予備校の参考書は害あって益なしと言っていたが、この先生は予備校本を補助的に使うことを薦めている。先生方の間で統一した考えが出来ていないようだ。 もっとも、この先生のアドバイスは参考になるものがあった。「勉強法を考えるのが勉強である。そして初めから全力疾走するな」とのアドバイスは印象に残った。昨年の一期生は先生、学生とも張り切りすぎて、5月連休の頃には顎を出していたらしい。そういえば、昨日のNHKラジオの早朝番組で筑波大学の名誉教授がこんなことを言っていた。「かたつむり、ゆっくり上ろう、富士の山」。また、一昨日放送された女子栄養大学の創設者の言葉も印象に残っている。「人生枯れ木で終わってはいけない。六十には六十の、七十には七十の、八十には八十の花を咲かそう」。この調子でやりたい。 1月21日(金) 深夜 FreedomとLiberty 恒例の大学時代のクラス会出席のため上京した。深夜2時に、ホテルのテレビでアメリカ合衆国ブッシュ大統領の就任演説を聴いた。NHKとCNNのチャンネルを切り替えながら。いずれも日本語の同時通訳である。やたらと「自由」という言葉が飛び込んでくる。耳に障るほど多い。世界に自由を拡大していくのが、アメリカの責務と主張しているようだ。この同時通訳を聴いていて、二つの点が気になった。 先ず、通訳の背後でかすかに聞こえる英語では、FreedomとLibertyの二つの言葉が聞き取れた。大統領は言葉を使い分けているのに、いずれも同じ「自由」と訳していることだ。言葉が違う以上、意味内容が異なるのではないだろうか。「翻訳と日本の近代」(岩波新書)の中で丸山真男は、中国語の「静」と「閑」のいずれに対しても、日本語で「しずか」と読ませているが、意味は違うと指摘している。自由という概念は今後の勉強のためにも重要だと思う。意味の違いを調べて見なければならない。語源から考えると、Freedomはドイツ語のfrei、Libertyはフランス語のlibreから来ているはずだ。 もう一つは、ブッシュ大統領が自国民の自由をどのように保障するのかについての言及していないことだ。昨年「愛国法」が制定され、イスラム系アメリカ人の人権が侵害され、自由が束縛されている事実を無視している。そればかりか、キューバにあるグアンタナモ海軍基地に約600人のアルカイダないしタリバン関係者を法律の根拠なしに拘束を続けている。はたしてアメリカが自由を説くことのできる立場にあるか疑問だ。 その後、FreedomとLiberty概念や使われ方の違いについて、デトロイトに駐在していた頃、お世話になったDickenson-Wright法律事務所のR. Cummings弁護士に問い合わせた。毎年クリスマスカードを交換し、親交をつないでいる間柄だ。彼は長文で丁寧な解説を送ってくれた。結論から言うと、日本語では「自由」と訳するほかはなさそうだ。以下に一部を抜粋する。 My general impression is that the words as used by President Bush are basically used interchangeably, and that it is reasonable to translate both of them into the same concept in Japanese ... for purposes of his speech. Different famous quotes use one or the other words, and in using the one word or the other a speaker may tend to call up certain images. For example, when using liberty, a listener might think of Patrick Henry during the American Revolution who, when he was being hung by the British as a spy, said Give Me Liberty or Give Me Death, or think of the Declaration of Independence that says that all men are endowed by their creator the right to life, liberty and the pursuit of happiness. When he uses the word "freedom" the listener might think of Lincoln or Martin Luther King and the cries of oppressed people for Freedom. 自由の女神はStatue of Libertyという。抽象的、一般的に自由という時はLibertyが、具体的な自由や権利と結びつく時、たとえば「貧困からの自由」を表現する時はFreedomが使われると考えて良いのではないか。「自由」を「解放」と置き換えることができる場合はFreedomであろう。 同日 午後 NHKについて 午後八王子に大学時代の友人を訪ねる。彼はNHKを十年ほど前に辞め大学の講師をした後、今はマスコミ研究の日々を送り同人誌に寄稿したりしている。最新号では「「地球人」時代の予感−BBCワールド視聴記録−」というタイトルでBBCを分析している。彼の分析によると、BBCの報道を貫く精神は3つの基本的志向から構成されているという。すなわち、「たくましいバランス感覚」、「民主化と弱者への注視」、「集合的体験(過去)へのこだわり」だ。そしてBBCワールドの出現と世界的な普及は、人類がこれまで国籍、宗教、年齢、性などによって縛られてきた思考、行動から解き放たれ、英語を介して「地球人時代」を迎えようとしている証左だ、と結論する。 そこで、21世紀の社会のあり方を考えるについて、入学前に読むべき本のアドバイスを求めた。将来のことを考えるには過去、特に19世紀に思想をよく知る必要があるとして、福沢諭吉を薦められた。また「福沢諭吉の哲学」(岩波文庫)の著者である丸山真男の著作を読むことを薦めてくれた。丸山真男先生は卒業の頃、法学部で政治学の講座を持っておられ、「現代政治の思想と行動」(未来社)をさらっと読んだことはある。今回はじっくりと熟読することにしよう。 (後日、BBCワールド朝7時のニュースをみた。アウシュビッツ60周年のニュースを現地からの報告を交え詳しく報告していた。その日、世界で最も重要なニュースであることがわかる。これに対して、NHKはと見ると全国ニュースでのんびりとアザラシの「カモちゃん」出没を流したりする。あまりにも落差が大きい。受信料不払いが広がらないようにするには、NHKにはニュース感覚を身につけることも必要だ。) 番組「改変」問題を巡って朝日とNHKが「泥仕合」をしている。そこで、NHKの番組の質に話題が及んだ。友人によると、NHKの番組はごく一部の例外を除いて、最近は手抜きが多いという。これに対して、韓国の「冬ソナ」の評判がよいのは、主演男優が日本の女性に人気があるだけでなく、日本の放送局が忘れている「もの作り」に忠実であるからだという。言い換えると、韓国の放送番組はNHKに比べると、非常に丁寧に作られている。 NHKの手抜きといえば、今年の大河ドラマ「義経」もそのことがいえる。第一回放送で、平清盛が源義朝の愛人で義経の母である常盤御前と子供三人を捕らえて、源一族を絶やすために皆殺しにするか生かすかを判断する場面があった。このとき、清盛が母親は京で一番の「美人」であるからと説得され命を助けた場面に、何かおかしいと思った。「美人」とされる母親役の女優の顔が面長である。これは、今風の美人ではないか。たしか、平安時代の美人は丸顔であったはずだ。時代劇であれば、時代考証をしっかりやって欲しいと、その時思った。 1月24日(月) 無料コンサート NHK大阪ホールで新進演奏家の夕べを妻と鑑賞する。公開番組で無料だ。これは昨年の日本音楽コンクールの優勝者とN響メンバー3人との共演である。シューマン、ヘンデル、モーツアルトが演奏された。久しぶりにNHKでは、落語や漫才などの芸能番組だけでなく、無料のクラシックコンサートのイベントがある。また有料であっても、学生割引があるので、これから大いに利用できそうだ。 1月30日(日) 家族と責任 午後7時のNHK総合テレビのニュースで,歌舞伎俳優中村七之助(21歳)が公務執行妨害で逮捕されたといニュースが報道された。タクシー料金の支払いでトラブルを起こし、駆けつけた警察官の顔を殴り暴行を加えた容疑であるという。七之助は中村勘九郎の次男だと説明された。この事実を伝えた後、親の勘九郎が登場し子供の教育が不十分であったと詫びる記者会見の模様まで報道された。この報道から二つのことを考えた。 先ず、七之助は歌舞伎役者とはいえ駆け出しで、その名前が世間に知られているような人物ではない。この事件で初めて聞く名前だ。近く襲名披露する勘九郎の息子であるということからニュース価値があると判断され報道されたと思われる。親が著名人であるという理由で、晒し者にされる結果になった。たしかに、運転手とトラブルを起こし、警察官に暴行を加える行為は、許されるわけではない。しかし、もし一般人が酒に酔って警察官に手が触れた程度では、仮に公務執行妨害であったとしても、新聞記事や、テレビの全国ニュースにはならないのではないか。公務執行妨害罪の刑は3年以下の懲役で器物損壊罪と同じだ。田中真紀子の長女が週刊誌に離婚問題を報じられた事件を思い出す。プライバシー保護と犯罪を同列に論ずるわけにはいかないが、著名人の子息という理由で、公に報道するのは形を変えた現代の晒し首のような気がする。 さらに不思議なことは、もう既に成人になっている息子の行為に対して、親の勘九郎に報道陣の前に出させ謝らせるという報道姿勢だ。七之助は既に21歳で独立した人格だ。親は謝る必要はないし、そのような場面を報道する必要もない。最近、英国のチャールズ皇太子の次男がナチスの服装で登場し物議をかもした事件があった。しかし、その息子の行為に対して皇太子が監督不行き届きとして謝ったというニュースは聞かない。日本では古くから、家族の一員が問題を起こすと他の家族が連帯して責任を問われる。そのため問題が起きると、家族が世間を騒がせて申し訳ないと謝ってしまう。 その後、七之助は不起訴処分になった。 ドイツ人の法律好き わが国の刑法や民法は、ドイツの法律が基礎になっている。しかし、幸いなことにドイツのように生活の隅々まで法律が入り込み、人々の生活に干渉をすることはない。たとえば、出張手当は日本であれば、企業毎に自由に手当ての額が決められている。ところが、ドイツでは出張手当ては課税対象になるため、全国一律の基準が適用される。出張の拘束時間と出張先の都市毎を組合せた精緻な基準が作られ、毎年会計事務所から送られてくる。ドイツから日本への出張をみると、東京と大阪で手当てが異なっている。宿泊出張の精算の仕方は、日本ではホテル代と食事費を合算した合計で日当が決められる。だから安いホテルに泊まれば、出張費を浮かし飲み代に当てることが出きる。これに対して、ドイツでは出張費を浮かすことは不可能に近い。ホテル代は実費が支給されるので浮かしようがない。また食事代朝食、昼食、夕食代夫々が全国一律の基準があり、しかも額が少ないので足が出る。尤もビジネスホテルであれば、通常ホテル代に朝食(ビュッフェタイプのContinental Breakfast)が含まれていることが多い。だから、別に支給される朝食費だけは浮かすことが出きる。しかし、ホテルによっては領収書にわざわざ「朝食費込み」の但し書きをしているところがある。そうするとホテル代実費から9マルク(2001年当時)差し引かれた額が支給されるという仕組みだ。実に細かい。 |