シニアのロースクール日記(292007年3月
 
3月6日(火) 人権は勝ち取るもの
 
 大阪の弁護士事務所でのエクスターンシップ(実習)は、今日で6日目になる。毎朝、満員電車に乗って梅田まで、スーツにネクタイを着用して通っている。ビジネスシューズでの往復は、日頃カジュアルな靴に慣れた足に痛みを感じさせる。

 昨日までの実習では、主に民事事件に重点をおき、訴訟関係資料を読んだり法律相談に同席したりしてきた。後半では、国家賠償請求事件と刑事事件の資料を読みたいと考え、指導員の先生に何か適当な事件がないかと尋ねてみた。すると、「郵便法違憲判決」事件はどうか、と全く予期しなかった答えが返ってきた。

 「郵便法違憲判決」は、「薬事法違憲判決」「森林法違憲判決」などと並んで、戦後6番目の違憲判決である。二年生前期の憲法演習の授業でも取り上げられたテーマの一つ。授業で配布された資料は1審から上告審までの判決文があるのみで、上告理由は含まれていなかったが、この事務所では、上告理由は当然だが、差戻し審の審理経過も読むことが出来、非常に貴重な経験となった。

 舞台は、尼崎市内阪急電車の塚口駅周辺。町の金融業者が、損害賠償請求訴訟を神戸地裁尼崎支部に提訴して、勝訴判決を得た。そこで、業者は判決に基づき相手方の勤務先の給与と銀行預金の債権差押え命令を申し立てた。債権差押命令に基づいて、裁判所が相手方の勤務先と大和銀行塚口支店に命令正本を特別送達したところ、尼崎北郵便局の局員が銀行への命令正本を配達せず、私書箱に投函してしまった。そのため、銀行への送達が一日停滞し、相手方の勤務先に特別送達された給与差押命令によって、差押えを察知した債務者が銀行預金を払い戻して差押を免れた。そこで、業者が、差押え債権の券面額相当の損害を被ったとして、送達事務を行なう国に対して国家賠償を請求したのである。

 一審の神戸地裁、控訴審の大阪高裁は、郵便法68条、73条は国家賠償法5条に定める民法以外のほかの法律の「別段の定」に該当するとして、郵便物に関して国は損害賠償責任を負わないとした。これに対して、最高裁は郵便法68条、73条の合憲性について、次のような判断をして、差し戻した。

 郵便業務従事者の故意又は重大な過失により損害が生じた場合、書留郵便物については、不法行為に基づき、特別送達郵便物については、国家賠償法に基づき、国の損害賠償責任を免除し、又は制限している部分は、憲法17条に違反し無効である。(なお、差戻し審では、両者の和解が成立し、国が和解金を支払った。)

 私は、違憲判決を勝ち取るためには、多くのスタッフがいる大手の事務所でなければ出来ないものと思っていた。しかし、この事務所は弁護士がわずか3人の普通の町の法律事務所である。上告理由を読むと、国民主権の原理から説き起こし、憲法17条の意義に言及している。大学の憲法の先生の支援を得て書かれたと思うほど、憲法の原理原則を述べ格調高い文章であったが、実際は3人の弁護士先生が手分けして書かれたそうだ。

 この訴訟で、中心的な役割をされたU先生は、甲山(かぶとやま)事件の弁護を担当されてきた。西宮の甲山の麓にある養護施設の浄化槽で園児の死体が発見され、保母が犯人とされた事件である。逮捕から25年、起訴から21年を経て、差戻し後の控訴審でようやく無罪が確定した。一人の保母の無実を晴らすために、弁護士生活の25年間を費やされたのである。郵便法違憲判決を勝ち取られた背景には、たった一人の人権であっても疎かにしないという弁護士としての強い姿勢があると感じた。

 人権は、決して国家から与えられるものではなく、国民一人一人が不断の努力で勝ち取るものであると改めて認識させられた。その意味で、実り多いエクスターンシップであったと思う。


▼Homeに戻る