シニアのロースクール日記(282007年2月
 
2月28日(火) 高齢者問題について思う
 
 弁護士事務所で実習するエキスターンシップが昨日から始まった。大阪のある事務所のお世話になっている。今日は、大阪駅8時54分発の新快速で大津へ向かった。10時からの民事裁判を傍聴するためだ。駅から望む早春の琵琶湖は、昨夜来の雨で靄がかかり、水墨画の風情がある。大津は高校時代を3年間過ごした町だが、県庁所在地の駅前通りだというのに、人通りは少なく活気がない。

 裁判は、ラウンドテーブルの部屋で行われた。相手方である原告は、弁護士に代理を委任せずに、自ら訴状を書いて訴訟を提起した。原告は、原告の仲人もしたことがある弁護士に対して損害賠償の請求をしている。実習先の法律事務所が、この弁護士の弁護を委任されたため傍聴することになった。

 今回の訴訟に先立ち、相続財産を巡って兄弟間に争いがあり、原告である弟が、兄に不動産売却精算金返還請求の訴えを提起していた。原告の主張によると、兄弟喧嘩をやめて訴えを取下げれば、兄にいくらかの金銭援助をしてやると弁護士に言われたが、約束が守られない。精神的苦痛を負ったとして、弁護士に損害賠償の請求を求めている。言いがかりとしか思えないような訴訟である。原告は、年齢60歳程度で無職、無一文で生活に困窮しているようだ。

 とんぼ返りで、事務所に戻ると、法律相談に来ている人が待ち受けていた。守秘義務に抵触するといけないので詳細は書けないが、相談者は70歳代の女性である。兄弟の保証人になったばかりに、金融業者から執拗な取立てに困っているという。

 午後3時に、事務所から徒歩1〜2分のところにある大阪地裁で刑事裁判を傍聴した。事件は、強盗未遂及び銃刀法違反である。起訴された男は昭和19年生れの62歳で無職である。職を失う前は、精肉職人であった。今はハローワークという職業安定署に行っても高齢ゆえに職が見つからない。家賃と健康保険料を滞納し、サラ金にも多額の借金がある。アパートの大家から退去を求められているため、やむなくかつての商売道具である肉切り包丁を用いて金を奪うことを思いついた。年末に警戒が手薄で、女性店員一人しかいないクリーニング店に押し入った。犯罪の手口は幼稚で杜撰極まりないものである。つまり、店員に先ず包丁をちらつかせて「金を出せ」と脅し、その後なぜか「警察に電話せよ」と命じた。供述によると、店員が電話している隙にレジから金を盗んで逃走する計画であった。ところが、男がかつて働いた肉屋のレジと異なり新式であるため、開かない。そのうち110番通報を受けて駆けつけた警察に現行犯逮捕された。

 人定質問、起訴状朗読、証拠調べ、論告求刑(懲役5年)まで40分というスピード審理が行われ、2週間後には判決が言い渡される。若い裁判官は、男に向かって刑を終えた後の生活をどのようにするのかと心配して聞いていた。九州に兄が住んでいるが、世間体もあり、受け入れてくれるかどうかわからないという。

 事務所に戻り、国選弁護を引き受けた先生と話す機会があった。仮に執行猶予になっても、男の生活を支える手段がない。国選弁護人には、多額のサラ金からの借金について、自己破産手続きをすることまでは要求されていない。また、生活保護の申請の手助けをする仕組みもない。そうすると、強盗はしないまでも万引きなどをする可能性は十分考えられる。これでは悪循環だ。

 今日の3人の当事者に共通していることは、いずれも高齢で貧困であることだ。他方で犯罪の被害に会うのも、高齢の貧困者であることが多い。最近、再チャレンジということが言われている。テレビなどで見る再チャレンジの対象は、最下層ではない。本当の再チャレンジとは強盗未遂を働いた男を生活困窮から救済するようなシステムを作ることではないかと思う。

 春休みを利用して、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスの自伝を読んでいる。当初、土地持ちの農民に金を貸して収穫量を上げようとしたが、結局この計画を断念することになった。なぜなら、土地持ちの農民は少し生活が楽になったが、これは土地を持たない農民、特に女性の低賃金を犠牲にしていることがわかったからだ。そこで、最貧窮層の女性に金を貸して自立させようと方向転換した。このような人たちは貸した金をほとんど返済するという。なぜなら返済をしないと次からは未来がないことを知っているからである。それに対して、余裕のある人の返済率は意外に低いという。最下層の人が、貸した金を返さないという金融の「常識」が覆されたのである。このプログラムは様々な国にも適用され効果をおさめている。日本人にとっても、示唆に富む事実である。


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