シニアのロースクール日記(2)2004年10月〜12月 よろこびの合格通知 2004年10月8日 合格の通知を受け取った。入学までに半年あるので、その期間を有効に過ごしたいという思いがあった。入学前のすごし方についてのアドバイスを得るために、事務局にメールを送ることにした。それは次のような内容である。 未修クラスとはいえ「純粋未修」は少なく、現実は「かくれ既修」が多いため、授業は既修者ベースで進められ、純粋未修者が授業についていくのが困難と聞いている。そこで、こうした純粋未修者の不安心理をついて予備校が高額の入門講座の受講案内を送ってくる。予備校で入門講座を受講すべきか否か迷っているので、適切なアドバイスをお願いしたい。 これを受けて誠意のある反応が返ってきた。要点は以下のようであった。 未修クラスの中で法学の知識に差があることは事実であり、授業運営の基準をどこに置くか試行錯誤している。入学後の学習はハードなので事前学習は是非必要である。しかし、予備校は入学後の学習計画に沿うかわからないので、早急に事前学習の仕方についてガイダンスを行う。 この結果、11月初めに憲法、民法、刑法、1月中旬に商法、民事訴訟法、刑事訴訟法の学習の仕方についてのガイダンスが実施されることになった。ロースクールは、始まったばかりで試行錯誤しているし、また生き残りをかけた激しい競争下に置かれている。したがって、疑問点なり、要望があれば遠慮なくぶっつけていくことが大切であると認識した。要するに、ロースクールでは学生にも基礎作りの役割があると考えたい。 第一回ガイダンスで 11月5日(土) 第1回ガイダンスが西宮上ヶ原の関学キャンパスで行われた。入学定員をはるかに上回る合格者を出しているためか、会場は超満員である。午前に総合案内と奨学金、午後に憲法、民法、刑法の事前学習に仕方、学生の現状報告が行われた。 会場を見渡すと、20代の学生が多いが、中には自分と同年代の人が数人いた。隣の席に男子学生が座った。この人は、先生の説明が始まっても帽子を被ったままで脱ごうとしない。昔の学生とは大いに異なることに先ず驚いた。このような場合に、年長者として脱帽するように注意するべきかとも思ったが、リアクションが怖くて何もいわなかった。 午後の説明で、席の両側を空けて座っていたところ、女子学生が2名やってきた。席を詰めて欲しいらしいのだが、目で催促する。席を空けたが、「有難とう」という一言の言葉もなかった。帽子学生に声をかけなかった私も含めて、とにかく日本人は声をかけるのを億劫がる。日常生活に目をやると、電車やエレベーターの乗り降りの際に無言でかき分けて行く。また歩道を自転車が疾走し、しかも無言で歩行者を追い抜くのでヒヤッとさせられることが多い。このような場合アメリカ人は「Is this seat taken?(この席空いているでしょうか?)」「Excuse me(済ませんが通してください)」「On your left(左側から追い越します)」と声をかける。知らない者どうしが生活する場面では、以心伝心を期待せず、言葉を発する必要があるのではないか。いずれにしても、これから自分の娘とは一回りも違う若者たちと机を並べて勉強することになるのだ。ともあれ、定年後の3年間は、顔を合わす相手といえば妻しかいないという日々が続いたが、この状態から脱却できる。様々なバックグラウンドを持つ人と接する機会が実現できたことを素直に喜びたい、入学の日が待ち遠しい。 出席者の男女構成は、ほぼ半分ずつである。関学がホームページで既習、未修毎に男女別の合格者数を公表している通りだ。なぜ男女別の発表をする必要があるのだろうか。小学校や中学校で、名簿を男女別にすることが問題視されている時代に、最高学府であるロースクールがこのように性別を意識する背景は何か、興味ある問題である。これで思い出したのは、会社に勤めていた頃、アメリカの顧客に会社紹介のプレゼンテイションをした時のことである。資本金や売上高と並んで、従業員数を男女別の内訳まで詳しく紹介したところ、なぜ従業員を男女で区別する必要がるのかと質問を受け、返答に窮したことがある。 最後に、今年入学した一期生が二人登場して、学生生活の報告をした。そのうちの一人は、朝から晩まで予習や復習で忙しく、昼食を食べに教室の外に出る暇もないほどであるという。現実はそうかもしれないが、世の中と遊離した生活を送っていて、期待される法曹になれるのだろうかとふと思った。結局、今の司法試験受験生と同じにならないか。自分が勤務していた会社の社長は社用車での通勤ではなく、阪急電車を利用していた。電車の中の宙刷り広告、通勤者の表情などから世間の動向を知ることも大事な社長の仕事の一つだといっていたのを思い出した。 帰る途中に西宮北口の本屋に立ち寄って、必読書として推薦された我妻栄「民法7版」(勁草書房)、渡辺洋三「法というものの考え方」(日本評論社)と「コンパクト六法」(岩波)を購入した。なお後日「コンパクト六法」に落丁があることを見つけ、新品と取り替えてもらった。 関西大学ロースクール:土曜公開講座にて 12月18日(土) 試験関連の日程がすべて終わったので、関西大学ロースクールの土曜公開講座を聴講に行った。講師は前の日弁連会長、久保井一匡弁護士で会社法の専門との紹介があった。テーマは「企業の不祥事とコンプライアンス経営」で、タイムリーな話題であった。タイミングよく今日の新聞で、上場廃止になった西武鉄道が7年間取締役会を開いてこなかった事実が報じられた。また一昨日は、ヤクルト損失株主代表訴訟で東京地裁が副社長に注意義務違反の責任を問い約67億円の支払を命じている。この賠償額は、大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失を巡る訴訟で大阪地裁が約800億円の賠償命令を出したのに次ぐ額であるという。その後、大阪高裁において賠償額を2億5千万円にする和解が成立したそうだ。 久保井弁護士によると、大企業で不祥事が頻発する理由はメインバンク制、株式の持ち合い、終身雇用、年功序列などの日本的経営が背景にあるという。特に、取締役会、株主総会の形骸化、監査役が飾り物的存在でチェック機能を果たしていないことに問題がある。 そこで株主重視の経営に転換を図る必要があるとの考えを示された。たしかに、重要な会社方針の意思決定は、商法には規定されていない常務会で行われるのが現実である。取締役会での取締役の役割は、発言することではなく議事録に印鑑を押すだけであると、ある会社の取締役が自嘲気味に語るのを聞いたことがある。また監査役といえども、社長に任命される役職だから言いたいことをいえず、監査機能を果たしていないのが実情ともいう。銀行出身で融資先企業の監査役をしている学友と、来年四月のクラス会で会うことになっている。その時実態を聞いてみたい。 最後に、会社法の勉強の仕方についてのアドバイスがあった。要点はこうだ。 会社法はテキストを読んだだけでは身につかない。現実の社会の動きと法律との関連を 考える習慣をつけることが大切だ。そのために日経新聞を読み、会社法に関係のある記事の重要な箇所に傍線を引き、切り抜いておく。日経新聞は会社法改正の進行過程を報道するのでアップデートな知識を習得できる。大学の先生が書いた教科書では、新しい動きについていけないので、例えば銀行や証券会社の解説書を入手して勉強するのも良い。 関学の入学前ガイダンスで示された必読書を読んだが、今ひとつ理解ができない。例えば、賃借権は物権化する傾向にあると教科書に出ている。これは具体的にどのようなことを意味するのか、内田民法でさえ分りやすい説明がされていない。経験から解釈すると、物権化とは賃借権に経済的価値があるということのようだ。父が、戦後まもなくから居住用に賃貸している土地を保有していた。数年前、賃借人が住居を解体し、無断で貸し駐車場にして収益を得ようとした。賃貸目的に違反するので、土地の明渡しを求める訴えをおこした。無償で土地の明渡し要求できると思っていたが、路線価で算定される土地評価額に一定率を掛けた対価を支払う必要があった。相手に契約違反という責任があっても、無償で立ち退きを請求できるわけではない。つまり賃借権は財産権でもあるので、金額に換算できる価値があるのだ。このことは、その時まで知らなかった。教科書だけからこのことを読み取るのは難しい。 民法には、現在の生活には必要のない、あるいは実態と合わない条文が多いように思う。例えば戦後の農地改革で廃止されたはずの永小作権がある。久保井弁護士の言われるように、生活と関連つけ取捨選択しながら勉強しないと身につかないように思う。 |