シニアのロースクール日記(112005年9月

9月17日(土) 憲法改正の是非

 兵庫県弁護士会主催のシンポジウムを聴講するため、午後から神戸へ出かけた。テーマは「見つめよう 憲法と平和」である。1週間前の総選挙で与党が327議席を獲得し、憲法改正が現実味を帯びてきた。郵政民営化には賛成の立場をとるとしても、憲法改正まで賛成したわけではない。憲法改正の発議に必要な3分の2以上の議席を与党が獲得したいま、改憲論議の内容を把握しておく必要があった。
 第1部は早稲田大学、水島朝穂教授の「いま、改憲を考える」と題する講演である。第2部「改憲の是非」に関する討論がおこなわれた。水島教授は熱っぽい語り口で、わかり易く説明される。総選挙で大差がついた理由は小選挙区制によるものだ。自民党の得票率は47%だが、議席獲得率になると71%と大きく開く。しかも、総選挙というからには代表を選ぶものなのに、郵政民営化という一つの法案の賛否を問う形に矮小化した。このために、これまでの「無投票層(無党派層ではない)」が「小泉を支持する側」に投票したと分析する。「指導者民主主義」ともいえる現象で、ワイマール憲法の下で登場したナチスに類似するところがあると指摘する。このように政治情勢を解説したあと、憲法とは権力者に対する権力抑制機能を有することを前提に、主として9条の存在意義を強調された。すなわち、9条は「軍事的合理性」を否定し、自由な社会の基礎を支えると共に、アジア民衆に対する平和の公約でもあるという。
 つづいて第2部「改憲の是非」に関する討論がおこなわれた。兵庫県弁護士会に所属する弁護士を改正反対派、賛成派それぞれ4人に分かれてディベートするものである。いわゆるRole Discussionというもので、討論者の実際の主義主張とは無関係に、現在の改正論議の論点を浮かび上がらせようという試みである。
 やはり焦点は9条問題になる。改正派は「北朝鮮や、中国の軍事脅威があるから、改正して軍隊を持つ必要がある。軍隊をもたないから拉致を許すことになった」という。反対派は「軍隊で拉致被害者を取り戻すのか」と切り返す。予め、シナリオが用意されていたが、この極端な例のように議論はかみ合っていない。
 帰宅すると、ニュースは民主党代表に前原誠司氏が選ばれたことを伝えている。水島教授によると、彼は「有事三法」を促進した人物で「日本のネオコン」といわれているそうだ。なにか悪い予感がするのは、戦前生まれの自分だけであろうか。

9月26日(月) 誕生パーティ

 今日から、後期の授業が始まる。月曜日は民法の債権各論のみである。授業の冒頭に、先生は学生に自己紹介をするように求めた。名簿順に指名され、出身大学、学部、学科と授業に対する希望を述べるようにとの指示である。自分の番が来た。「40年前に大学を卒業した者が、卒業した大学を言うことに意味があるとは思わない。大学を出てストレートに入学したものと、一旦社会経験をした者では自己紹介の仕方も変わるはずだ」と述べて、自己紹介した。授業に対する希望を聞いていると、明らかに二分される。一つは、講義中心派、もう一つは双方向派である。講義中心派は、間違った答をして恥を掻くのがいやなのが本音のようだ。だが、先生の話を聞いているだけで、どれだけ頭に入るのか疑問だ。むしろ、間違ったほうが頭に残りやすいと思うのだが。
 授業のテーマは売買契約である。これこそロースクールと思う方式で始まった。予習をしていることを前提に、次々と学生に質問がなされる。「形成権とは何か」に答えられない者がいる。夏休みを一体どのように過ごしていたのだろうか。また、「ホテルや飛行機の予約」は556条の「売買の一方の予約」と同じかという質問が出される。これにも、まともに答えられない学生がいる。電話をした時点が契約成立なのに、「チェックインした時が契約成立時期」と答える。講義中心派の学生である。「それでは、ホテルのフロントが今日は満室ですと答えたら、どうするのか」と畳み掛けられる。しどろもどろだ。
 私には、手付の説明を求められた。手付については、没収した体験がある。「しめた」と思った。約10年前に農地を相続した。この農地は、父とバブルで一儲けを狙った土地ブローカーとの間で売買契約がなされていたものである。土地ブローカーは手付金、中間金まで払ったところでバブルが崩壊し、残金を支払えなくなった。そこで、相手方は錯誤無効を主張し、手付金を含めて全額の返還請求をしてきた。町の宅地化計画も白紙に戻ったことが、錯誤であるという理由だ。残金支払が出来るまで待つといい続け立場を変えなかったところ、相手方は大津地裁に訴え全額返還請求してきた。結局和解したが、手付金は返還せず没収となった。
 午後、夏休み中の行った「憲法判例を読む会」に参加した女子学生から、いまから後期の勉強会の進め方の相談をしたいので、会議室に来て欲しいとの誘いを受けた。定刻の午後2時に部屋に入ると、机の上にケーキと花束がおいてある。「誕生日おめでとう」と全く予期しない言葉が耳に入った。勉強会に参加した人全員から祝福を受けた。グループ学習をCoordinateしてきたのが、喜んでもらえたらしい。関学の良い所は、学生同士が足の引っ張り合いをせず、互いに助け合うことにある。後期も、効果の上がるグループ学習を企画するつもりだ。もちろん双方向派の積極的な学生を中心にするつもりだ。

9月30日(金) 切れて教室飛び出す三年生

 関学では憲法、民法、刑法など司法試験出題科目(法律基本科目)の他に基礎法学・隣接科目を2科目(4単位)選択することが求められている。開講されている科目は、英米法各論、法哲学、法社会学など司法試験には直接関係のない科目ばかりである。学生は幾つかの授業に出て、選択科目を決定する仕組みになっている。
 当然、学生は負担の少ない科目に集中することになる。その一つが「紛争解決の歴史」という科目だ。二人の先生が担当し、その内容は「江戸時代の法制度」と「前近代中国の紛争解決制度」である。現代の法学に直接役立つとはとても思えない。しかも教材には、古文書や漢文が使用される。にもかかわらず、昨年は試験はもちろんのことレポート提出もなく、平常点だけで単位が与えられたという噂で、第1回の授業には百人近くが集まった。前の方の席には、1年生が、後方の席には昨年単位をとり損ねた三年生が着席している。後の方の席であれば、先生の目が届かず、いわゆる「内職」が出来るかららしい。
 百人の学生を相手にしては、授業にならない。そこで先生は、篩にかけることになった。後方の席で「内職」をしている学生に、「尊属殺重罰規定違憲判決をわかりやすく説明しなさい」と求めた。この三年生学生は面倒くさそうに「親殺し、平等権違反」と答えた。隣の学生も「娘が父親を殺した事件で、平等権が問題になった」と答える。先生は怒り出した。「君たちは、法曹の資格を得たとしたら、世間一般の人に対しては、法律用語ではなく、また単語の羅列ではなく、わかりやすく丁寧に説明しなければならない。そのような勉強をすべきだ。」と注意された。一年生の前で、自尊心を傷つけられたと思ったのか、この学生は切れてしまい、教室を飛び出していった。これが「択一ベテラン、論文落第生」の典型ではないか。
 今年から勉強を始めた初学者でも、「尊属殺重罰規定違憲判決」は重要な判決だから、事件の概要から違憲とされた理由は説明できる。「実の父親に性的虐待を受け子供まで出来た娘が、職場で知り合った男性と婚約した。それに激怒した父親が、さらに娘に性的虐待を加えようとしたため、娘が父親を紐で絞め殺した。この殺人という行為が尊属殺の罪に問われた。しかし、尊属殺の刑が死刑又は無期懲役となっており、普通殺の比べて重すぎることが違憲とされた。」少なくとも、この程度のことを述べないと、説明したことにはならない。三年生とはいえ、恐れるにたらずと思った。


▼Homeに戻る